参勤交代によって大名の財政を圧迫し,幕府にはむかう力をつけさせないために行われました。
■参勤交代とは
1635年,3代将軍徳川家光のときに,武家諸法度(ぶけしょはっと)に追加された制度です。
「一 大名は,江戸と領地を交代して住むことを定める。毎年4月中に江戸に参勤すること。」
※武家諸法度とは1615年に2代将軍徳川秀忠(ひでただ)のときに出されたのが最初で,以後,将軍がかわるたびに出されました。これは,大名を統制するために定められました。
参勤交代によって,大名は妻子を人質として江戸に置き,江戸と領地を1年ごとに行き来しなければならなくなりました。
■参勤交代が行われた結果
江戸と領地とを行き来するための,費用(交通費,人件費など)がかさみました。
→大名の財政を圧迫し,余分なお金がない大名は,幕府にはむかう力が持てませんでした。
しかも,江戸から遠い外様(とざま)大名(関ヶ原の戦いのころから徳川氏に従った大名)ほど移動にかかる費用がかさむことになり,幕府にはむかう危険性が高い外様大名の勢力を抑えるのに効果を発揮しました。